日本基礎心理学会第35回大会

シンポジウム


本大会では3つのシンポジウムを企画しています。
1. ロービジョンからの挑戦
2. 基礎心理学のアイデンティティ
3. 多感覚知覚研究の最前線

1.「ロービジョンからの挑戦」

 

日時:10月29日(土)14:00~15:30
場所:23号館1階 23101教室

講演者:
新井 千賀子(杏林アイセンター)
田中 恵津子(浜松視覚特別支援学校)
川嶋 英嗣 (愛知淑徳大学)
小林 章 (国立障害者リハビリテーションセンター学院)

指定討論者:
中野 泰志 (慶應義塾大学)

司会者:
小田 浩一 (東京女子大学)

企画趣旨

ノーマルビジョンを中心に進んできた感覚知覚研究で,ロービジョンの人たちが日常的に直面している困難の解消ができるでしょうか?ロービジョンと基礎心理学の関係を考える企画です。ロービジョンは限られた特殊な人たちの問題というよりも、誰もが抱える加齢に伴うリスクという方が適切です。視覚正常の実験協力者と異なり、ロービジョンの人たちの見え方や困難は多様です。その多様性の中から基礎心理学を発展させ、社会貢献もできるようなアイデアがみつかるかもしれません。

講演要旨

 

新井 千賀子(杏林アイセンター)
「患者の見え方を科学するロービジョンケア」

眼科のロービジョン外来では、ロービジョンの患者のみえにくさのタイプと程度を解明し、日常生活の課題に解決案を提案している。視覚認知の現象の理解、行動や機能の測定とそのデータに基づく問題の解消は、さながら個人ごとに組み立てた基礎心理学実験を行うのに似ている。なかでも読書に関する様々な基礎研究は眼科検査データだけでない患者の見え方を反映した基礎研究の臨床応用に成功している一つの例である。ニーズのたかい読書を材料に患者の見え方の問題を科学するロービジョンケアについて検討する。

田中 恵津子(浜松視覚特別支援学校)
「書字課題と視覚」

視覚障害による文字の読み困難はよく知られているが、書字も同様に難しくなる。電子機器の発展に伴い、書字課題も音声や触覚で代替できるようになったとはいえ、窓口の受付記名、学習場面など、自筆課題が皆無になることはない。ここでは、書字困難と視覚特性について心理物理実験と、視覚特別支援学校在籍ロービジョン生徒の困難の実態についてまとめる。一般的に視機能を表す代表値である視力でどこまで書字課題の困難を推測できるか、本人の好む書字サイズと視機能の関連はあるか、など考察する。

川嶋 英嗣(愛知淑徳大学)
「空間ナビゲーションとコントラスト感度」

コントラスト感度は視覚心理学や眼科領域ではよく知られた視機能測定である。眼科領域では疾患の鑑別等に測定の主眼を置くことが多いが,コントラスト感度には日常生活課題の遂行能力を予測するという重要な役割もあり,特に空間ナビゲーション行動と関連が深いことは以前から知られている。ここでは階段の降下に焦点を当てて,コントラスト感度と歩行速度の関連を調べた実験を紹介する。その結果から,どれくらいのコントラスト感度だと階段の降下が難しくなるのか,また不安感等の主観評価とどのように関連するのか等について検討を行う。

小林 章(国立障害者リハビリテーションセンター学院)
「視覚障害リハビリテーションにおける挑戦」

視覚障害リハビリテーションの基礎には、多くの心理学の知見がある。視覚からの感覚入力が制限された人間が現代生活の質を維持するためには、さまざまな工夫と学習が必要になる。制限された感覚入力の中から有効なものを探し、それを目的行動に効率よく結びつける組織的な訓練がある。個人によって異なる障害の状況と行動の関係に対応するのは、毎回異なる挑戦である。

2.「基礎心理学のアイデンティティ」

 


日時:10月29日(土)16:00~17:30
場所:23号館1階 23101教室

講演者:
平石 界 (慶應義塾大学文学部)
星野 崇宏(慶應義塾大学経済学部)
渡邊 恵太(明治大学総合数理学部)

指定討論者:
柏野 牧夫(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)

司会者:
山口 真美(中央大学)

 

企画趣旨

今現在そしてこれからの基礎心理学とは何かということを、心理学内の他領域から見た存在感や、心理学外の学問領域から見たときの意義・期待を通して考えるシンポジウムを企画しています。どうすれば基礎心理学の存在価値をより大きくできるか、基礎心理学のどの部分に期待が寄せられているのかなどの観点を含めて、気鋭の研究内容について話題提供していただきます。

講演要旨

 

平石 界(慶應義塾大学文学部)
「堪え性のない研究者からみた基礎心理学者への憧憬」

研究者の挨拶では「専門」が話題となるのが通例である。そしてこれほど、話題提供者にとって悩ましい問題はない。久しぶりにあった方から「最近はどのような研究を…?」などと尋ねられようものならば、己の流々転々とする研究テーマに恥じ入りつつ「ええまぁ色々とぼちぼち」と言葉を濁す日々である。今回は、こうした研究テーマの流転を振り返りつつ、専門性を徹底的に追求している(ように見える)基礎心理学者の方々への話題提供者の憧憬について、お話できたらと考えている。

星野 崇宏(慶應義塾大学経済学部)
「心理学の社会科学での基礎理論としての重要性」

近年、経済学・経営学・政治学など社会科学の広範な分野で実証研究が非常に盛んである。経済学では数理経済学的な手法の限界や行動経済学的な研究の発展、経営学や政治学であれば行動データ、SNSデータなどが取得可能となったためであるが、行動のメカニズムの理解となるとその基礎理論は実は希薄な場合が多い。当日は医療保健研究など含め他分野がいかに心理学に基礎理論を求めているかについて事例を紹介し議論を喚起したい。

渡邊 恵太(明治大学総合数理学部)
「インタラクションの現象学」

人間の生活と情報技術をシームレスに融合するインターネットの前提の新しいモノづくりを紹介する。また、知覚や身体性を活かしたインターフェイスデザインインタラクション手法の研究について紹介する。これらを通じて、ものづくりやデザインにおいて体験が重視される時代の心理学との接点を議論する。

3.「多感覚知覚研究の最前線」

 


日時:10月30日(日)14:30~16:00
場所:23号館1階 23101教室

講演者:
北川 智利(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)
日高 聡太(立教大学)
鳴海 拓志(東京大学)

指定討論者:
行場 次朗(東北大学)

司会者:
田中 章浩(東京女子大学)

企画趣旨

多感覚知覚研究は一時期のブームを超えて、もはや知覚研究のメインストリームの一つになりつつあります。触覚を含めた多感覚研究、社会性との接点、新たなデバイスを用いた研究など、最近の動向と今後について考えたいと思います。

講演要旨

 

北川 智利(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)
「多感覚知覚の身体性」

私たちが環境の中で適切に行動するためには,外界を知覚するだけではなく,自身の身体の状態も知覚し,外界を自分の身体を中心として把握する必要がある。このような心理的過程が単一の感覚モダリティからの情報のみで行われることはない。視覚,聴覚,触覚,自己受容感覚などの異なる感覚モダリティからの情報が統合されることによって,はじめて外界と身体の関係が把握できる。異なる感覚モダリティ間で特有に観察される現象をいくつか紹介し,多感覚知覚の身体性について考察したい。

日高 聡太(立教大学)
「多感覚相互作用の諸相−学習・知覚の抑制・個人差」

多感覚研究では主に情報の統合様式に焦点が当てられてきた。一方、我々は獲得過程に注目し、成人においても、3分間の順応学習の後、任意の高さを持つ音と視覚運動情報との間に新たな関係性が成立することを示した。また、触覚や聴覚情報によって視知覚が阻害されるという多感覚相互作用の抑制的側面も明らかにした。さらに、自閉症傾向を個人差と捉える視点から、傾向の程度に応じて統合様式が異なる可能性を示した。一連の研究に基づき、多感覚相互作用様式の多様性とメカニズムに関する考察を行う。

鳴海 拓志(東京大学)
「多感覚知覚研究の工学的応用」

多感覚相互作用の知覚への影響が明らかになってきたことで、これを工学的に応用して、触覚、嗅覚、味覚など、従来のアプローチでは提示が難しかった感覚についても、効率的に提示可能なインタフェースが実現可能になった。さらには、これらの知覚の変化によって、行動や情動にまで影響を与えることができるシステムも実現されている。そうした手法を紹介するとともに、多感覚知覚研究と工学の相互作用による将来の可能性についても議論をおこないたい。